品川区内では幅広いジャンルの文化芸術団体が、区民や全国各地、さらには世界に向けてさまざまな活動に取り組んでいます。
今回は伝統芸能の一つである「能」の公演や普及・啓蒙活動に幅広く取り組んでいる「喜多能楽堂」と、良質なクラシック音楽を一人でも多くの方に届けたいと活動している「品川フィルハーモニー・アンサンブル」をご紹介します。
令和5(2023)年5月11日号特集記事
十四世喜多六平太記念能楽堂(喜多能楽堂)
■十四世喜多六平太記念能楽堂(喜多能楽堂)の概要-------------------------------------
1955年、能の5流派の1つ「喜多流」の本丸(本拠地)として現在の場所に創建。
同能楽堂を維持運営する「公益財団法人 十四世六平太記念財団」は、演能会、
研究会等の開催および援助や、能楽伝承者の養成および助成を行うと共に、区民や
外国人などに向けた能の普及活動にも積極的に取り組んでいます。
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お話しいただいた方 館長 清水 言一さん
徳川2代将軍秀忠から400年続く喜多流の本拠地
── 喜多流の概要を教えてください。
清水さん ──
能は今から600年以上前、中世に観阿弥世阿弥親子によって大成され、以来途切れることなく続いている世界「最古の演劇」だと言われています。その主役を演じる役者をシテ方と言いますが、現在は観世流、宝生流、金剛流、金春流、そして喜多流の5つの流儀があります。喜多流は徳川2代将軍秀忠の頃に創設され、以来400年にわたって活動を続けてきました。
喜多能楽堂は、喜多流の活動の本丸(本拠地)です。九段下あたりにあった初代が関東大震災で、四ツ谷にあった2代目が戦災で消失してしまい、その後、昭和30年頃にご縁があってこの地に3代目を構え、昭和48年に現在の能舞台に立て直しました。
── 能楽堂としての規模はどれぐらいなのでしょうか?
清水さん ──
1階席が300席弱、2階席まで入れると全385席です。能で一番大事なのは足の運びだと言われていますので、1階席には前の人の頭が邪魔にならずに白足袋の動きが見えるよう、傾斜を付けて設計しています。どこの席から見ても足運びがきれいに見えるように計算されている素晴らしい能楽堂だと言えるでしょう。また、一番後ろの席でも舞台から遠すぎず、能を見る環境としては非常に理想的なサイズではないでしょうか。
── 2階席もあるんですね。
清水さん ──
2階席のある能楽堂は珍しく、関東ではここと横浜能楽堂だけです。2階席からは舞台を覆う屋根も見えます。寄棟(よせむね)造りで、奈良・室生寺の金堂の屋根を模しているそうです。
── 喜多能楽堂ならではの特徴にはどんなものがありますか?
清水さん ──
能が舞われる正面舞台には尾州ヒノキを使っています。山梨県小渕沢の身曾岐(みそぎ)神社の能舞台と同じ材料で、これ以上の部材は日本ではもう調達できないかもしれないと言われるほど立派な1枚板を並べています。また正面舞台の奥にある後座の横にある笛柱が独立して建っているのも、この舞台の特徴です。正面奥に描かれている鏡板の松は、日本画家の前田青邨先生が監修された絵で、能楽堂がこの地に建てられた当時のままのものです。松の枝が裾に大きく張り出しているのが特徴的で、一級品だと評価されています。
能をさらに普及させるために、さまざまな取り組みを推進
── 区民をはじめ一般の方々に能を広く普及するために、さまざまな活動に取り組んでいらっしゃいますね。
清水さん ──
能楽堂というのはもともと劇場ではなく、各流儀の能楽師のいわゆる修練の場、言わば道場のような存在でした。しかし平成23年(2011年)に公益財団法人の認定を受けたのをきっかけに、より開かれた能楽堂となるべく方向転換し、品川区とも事業提携契約を結ばせていただきました。現在では「観る」「体験する」「学ぶ」「拡げる」「育てる」「つながる」をテーマに、多くの方に能楽に接する機会を広く提供できるよう努めています。
(観る)
品川能楽鑑賞会・品川薪能 :地元品川区民に能に親しんでいただくための公演。初心者向け演目を解説付きで行ったり、雅楽とコラボレーションしたり等。
親子能楽鑑賞会 :能楽体験と舞台鑑賞を親子で楽しめる普及公演。
“手話”で楽しむ能狂言鑑賞会 :耳の不自由な方も健常者もどちらも楽しめるよう、能楽師が手話で演技。
(体験する)
外国人の能楽体験 :海外の方を対象にした体験公演。これまでに世界30か国以上の皆様をお迎えしています。
(学ぶ)
子供たちや愛好家に向けて :子供能楽教室や古い能の伝書を読み込む公開講座を開講。
(拡げ)
アウトリーチ活動 :学校や福祉施設に出向いてワークショップを実施。
(育てる)
能トレーニングプロジェクト :世界の演劇人を迎えて能のメソッドを伝授する集中レッスン。
(つながる) 能の魅力を伝えるために全国各地の劇場で公演。
── 取り組みを推進する中で、なにか印象的なエピソードはありますか?
清水さん ──
世界の演劇人に能メソッド演技や楽器を学んでいただく「能トレーニングプロジェクト」という取り組みがあります。ある時、型を教えた後に「ではやってみてください」と講師が言うと、1人の俳優さんが「ちょっと待ってくれ。今どういうシチュエーションで、どんな役で、どんな気持ちで演じればいいのか?」と聞いてきました。能は受け継がれてきた型で演じる演劇ですから、そうした概念がそもそもありません。しかし、西洋の演劇は状況や心理など俳優のキャラクターで演技します。そのギャップをどう埋めていくかが非常にスリリングでした。
── 外国の方とのお付き合いの中で、改めて気づかされることもあるんですね。
清水さん ──
日本人でも普段から能に接する方は多くないでしょうが、私たちのDNAの中には能に対する感覚が刻み込まれているように思います。先日、インターンの学生が鑑賞中に眠ってしまい、そのことを悔やんで自分を責めるレポートを書いてきました。しかし私は彼に「自分を責めることはない」と言いました。眠ってしまったということは、少なくとも気持ちが良かったということです。何百年も前と同じ音や響きを全身に浴びて、気持ちよくなってウトウトする。それはあなたの日本人のDNAに響いてるからであり、それはとても幸せなことなのだと伝えました。
── 今の時代に私たちが見る能が数百年前と同じものであり、能を見ると言うことが数百年前の人たちと同じ体験を共有することだと考えると、とても荘厳な気持ちになります。
世界遺産でもある日本の伝統芸能の1つを、いつまでも後世に
── 能は敷居が高いと感じる方もいらっしゃいます。楽しむためには、どうすれば良いでしょうか?
清水さん ──
演じられる演目のあらすじや見どころを、少なくとも入門書で調べておくと良いでしょう。もっとお勧めなのは演目の原文を読むことです。図書館に行けば「日本古典文学全集」や「謡曲集」などがあり、原文と現代語訳が対訳されています。それを読んでおくと舞台が全然違うものに見えるでしょう。
── 事前に知識を入れておくということですね。
清水さん ──
はい。そして一番いいのは実際に自分でやってみる、お稽古してみることなんです。自分の倣った演目と同じものが舞台で演じられていれば、「なるほどこういうものなのか」「あそこはこういうふうにやるんだ」と見方も理解も全然違ってきます。
── なるほど。確かにそうかもしれませんね。
清水さん ──
日本の伝統文化は「嗜み(たしなみ)の文化」と言われています。お茶、お花、書道、長唄、舞踊など、みんなそうですね。実際にやってみる、嗜んでみることによって、見ているだけよりも深く理解できるし、楽しくもなる。嗜みの文化をどう復興させていくかも、日本国の文化振興にとっては大きなテーマだと思います。そういう意味では学校の子供たちが1度でもここを訪れてくれることには、とても大きな意味があると思います。
── ところで、この4月から改装で休館されるそうですね。
清水さん ──
再建後50年経ってしまいましたので、実は4月から1年半ほどの予定で休館し、内装と外観を一新する予定です。改装の方向性としては、伝統芸能の拠点となる施設の将来を考えて、能以外にも幅広いジャンルに使っていただこうと考えています。また、併設している楽屋についても、地域のさまざまな文化活動、企業や行政のレセプション、講演会などにも活用いただけるよう改修する予定です。
── 改装期間中の公演などはどうされる予定ですか?
清水さん ──
期間中は定期公演等は他の会場で行う予定ですが、5月28日(日)には能楽堂見学会を開催したいと考えています。皆様の身近にある能楽堂にぜひ一度訪れてみてください。
■喜多能楽堂見学会概要---------------------------------------------------
予約不要・入退場自由・無料
お気軽にお出かけください!
日 時:令和5(2023)年5月28日(日) 12:00~16:00
住 所:品川区上大崎4-6-9 JR目黒駅徒歩7分
問合せ:(公財)十四世六平太記念財団
電 話:03-3491-8813
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