特別展「メタモルフォーゼ・タイガー
・・・・・・立石大河亞と迷宮を歩く」
会期
1999年11月19日(金)〜12月23日(祝・木)
*以下のように会期中、展示替えを行います
(前期)11月19日(金) 〜12月8日(水)
(後期)12月10日(金) 〜12月23日(祝・木)

立石大河亜(あるいは立石紘一、タイガー立石とも名乗る)は今日の近現代美術史において一つの問いとして存在しているように思われます。
立石は1941年に筑豊炭鉱の地・田川に生まれ、既に20代はじめの1963年には読売アンデパンダン展で頭角を現しました。翌、1964年に中村宏とともに「観光芸術研究所」を設立し、人間の全体性を回復しようとする「全体絵画」を標榜し、「路上歩行展」を始めとしたイベント的活動を展開しました。その後、立石はパロディやだまし絵的な手法を多用しながら、多彩な東西の大衆的なイメージがタブロー上でせめぎあうような作品を制作しはじめます。しかし、人口に膾炙された様々の図像がその画面を満たしながらも、そこではひょっとして絵画の奥行きを求めようとするところがなく、いわば通俗性のただ中にありながらも、その対象に過度の思い入れを持たず、絵画はあふれかえる醒めた混成体として存在しています。そこではその時々の時事的な対象を取り込み、また過去の名画や自らの作品も含め引用しつつも、自己の内面性を語るのではなく、逆に自己は既成の流通する図像の中で等質化されているというべきでしょう。流通する時代の画像データが変形・接合され浮遊するこの絵画は、ほとんどがメタモルフォーゼし、入れ子的な構造を取ったり、また幾何的に歪む空間を示すように、多次元的な有り様を示し、我々の視覚を絵画性ごとあらためて相対化するのです。このように立石の作品は単に大衆的なイメージを多用したものではなく、極めてユニークな内実を示しつつ稀に見る強度を持った質の作品と言うことができます。しかしながら立石はこれまで通常は日本におけるポップアートの一典型としてのみ遇されるのみで、その本質的な理解はなかば等閑に付されてきたきらいがあるようにおもわれます。
また立石にとってのいわゆる漫画の制作やイラストレーションの作品も、単にサブワークとして存在しているわけではありません。漫画、イラスト、デザイン、絵本、そして陶芸作品等々。このような様々のフィールドを横断した活動は、かえって立石の全体像の把握を困難にさせている原因にもなってますが、実はこの様々の分野の住還運動の中でこそ、立石大河亜の独自性ははぐくまれたというべきでしょう。たとえばメタルフォーゼ等の視覚的な転倒を図り、より自在な動感あふれる奔放なイメージを湧出させる漫画の中で培われたイメージやコマ割り、さらにはイラスト的描写など他の様々の分野のそれぞれのメディア独自の文法や様式を不断にタブロー制作のなかにも持込み、「絵画化」を試みているのです。また立石は「デジタル漫画」と題して、デジタル的なドット画面をあえて方眼紙上にアナログに描写する極めてユニークな試みも発表しています。
つまり立石の制作自体が通常の「美術」概念をはるかに逸脱した上での産物であったわけですが、このような立石の作品の持つ多次元的で自在な振る舞いや特異なイメージ操作は、映像関係をはじめ、様々な現代の第一線アーティストにも強いインパクトを与えています。むしろ立石大河亜の存在はこの我々の現代においてこそ、いわば来るべき芸術として我々の前に新鮮にも現れてくるのではないでしょうか。しかしながらそのような立石の重要な意義は、作家の包括的な展観と研究が存在していない現在、いまだ正しく認識されてはいません。
油彩・セラミック・コミック・イラスト等50数点により、ここに東京で初めて開催される、待望の大石大河亜の包括的な展観は、ひとりの作家の回顧にとどまらず、あらためて今日のわれわれにとって刺激的な、いわば来るべき作家の世界を回遊しようとするものです。会期中のシンポジウム・ワークショップも含め、多角的にアプローチすることによって、その近現代美術史の枠組みを問う、大石の大きな現代的な意味を考えようとする試みです。
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